信綱は和歌革新運動の中心にいながら、穏健派と呼ばれていたという。
歌を読むだけでそう呼ばれた所以がわかる。
山の端に月はのぼりぬ我が笛を今こそ吹かめ月はのぼりぬ
なんというか、おおらかで楽しそうだ。
和歌っぽい文体やモチーフも感じられる。
他にもおおらかで明るい歌が多く、太陽のような存在だったのだろうと思う。
「心の花」を創刊し、影響は現代の俵万智にも及ぶという。
大胆な字余りである。
おぢいさんのつえ(7)どうして長いのと(9)どうじとう(5)さるすべりのはなに(8)のこるゆうかげ(7)
という区切りで読むのだろうか。
また童子の台詞は文語体ではなく口語であり、全体としても文語文体の雰囲気はない。
こういった破調の歌はあまりこれまでのページにもなかったし、穏健派と言われはしているものの、当時からして破天荒な歌だったのではないだろうか。