アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

好きなものはたくさんあるけれど

自分が本当に好きでいくらでも調べられるなんてものはないんだよな。深夜ラジオもそんなに必死になっていっぱい聞いているわけではないし、音楽もいろいろ好きで聞きまわっているわけでもない。映画もそんなにかじりつくように見ないし、お笑い好きと言いながらバラエティ番組だってそんなにみてない。要は、コンテンツを追いかけるということが私にはどうもできないらしいのだ。
これは私がものごころついたときからの悩みで、自信を持って好きだと言えるものがない。
私よりずっと時間とお金をかけて、情報を集めて語れる人たちがたくさんいる。人と比較してしまっては終わりなのはわかっているけれど、自分の好きという気持ちが他者を通すとき、「私、全然好きなものないな・・・・・・」という感じる必要のない後ろめたさを感じてしまう。
じゃあ自分が今までで一番時間と金をかけたことはなにかと問われれば、間違いなく本ということになるのだが、本は好きというか、もはやそういうレベルではないというか。でももしかしたら、それが本当に好きということで、安易に人に話さないレベルで好きなものなのかもしれないなどと今思ってみたりもした。
でも、絶対的なものがなくなったと言われて久しいけれど、全ては相対的な話に還元されてしまうので、好きなものがないなんていう悩みはむしろありふれすぎていて、私も友人から、「好きなものがあってそれに熱を持っている」なんて評されることだってある。はたからみれば私も十分好きなものに対して熱く語る人のうちの一人なのだろう。



もはやなんというか、自分の文章がうまくかけたとかそういうことももう思わなくなってきた。高校生までは結構いい文章がかけた!とかって思ったり思わなかったりしていたのだけど、今はいかに自分の思考が文章に投影されるか、とか、そもそもの思考がオリジナリティか、っていうことのほうに比重が置かれていて、文章を書くときに変に改まったりすることを少し警戒している。鳥居さんがnoteでよく文体について言及するのが、だから好きだ。まあ、にしてももうちょい語彙がほしいなとは思うし、だからつまり、自分の中で違和感なくスムーズにちゃんと理解した上で使える語彙を増やしたいとは思うのだけど。

好きなことの話にもどるのだけど、私は素人が書いた文章を読むのが結構好きかもしれないと思う。人のブログを読む。それも、収益とか全然気にしていないような文章を。そういう人は、自分が書きたいから、書かなくちゃいけないから、書かないとやってられないから、文章を書いて、ネットに公開しているわけで、私はなんでかそういう文章を読みたいんだよな。ツイッターとかやっててもそんな面白くないっていうのはそういうところから来ているのかも。なかなか見つけるのが大変なのですが…。まあわりとその中でも好みはありますし。やっぱり最近は自分がそうだからかわからないけど、変にかっこつけているような文章は避けたい気持ちが多い。私今文章書いてまっせ!!!みたいなのが溢れている文章、あるじゃない。短歌で言えば、ポエジーワード多用しちゃうみたいな感じ。

Twitterは交流のための場所だと思ってるのだけど、好きな人をフォローしても相手は私をフォローしてくれるとは限らないし、文章好きです!なんていきなり言ったら私がもし言われたら嬉しいけどきもいとか思われるんじゃないかとか思ってしまう。ブログでコメントするのはなぜかハードルが高い。いや、すればええやんとは思うんだけどな。うん。しよう。って何回思ってるこの思考。

中学生の時から思ってる。自分みたいな人間と仲良くなりたいが自分みたいな人間は教室の隅でひっそり本を読んでいるので自分がフワちゃんみたいにならないとそういう人の中に入っていくことは難しいんだよ!
まあとりあえず日記を書いて明日も死に向かっていきましょう。明日が来れば今日が終わるって東郷清丸が言ってたし、今日が終わればハライチのトークライブがあるので。