アイスクリームと獅子

※当ブログはアフィリエイト広告を利用しています←これは景品表示法の改正でみんながしているのをマネして書いたものです。

2023/06/13(火)

朝、8時頃動き出した。
チャイとホットビスケットで朝ごはんにしようと思ってたけど、お腹空かなかったから結局出勤後にチャイ作って食べた。それまで原神。チャイ、スパイスたくさん入っててお〜って思った。

旅行が楽しかったすぎて、思い出すとすごく切なくなって泣きそうになる。
まだ引きずってる。
でもいつかこうして忘れてって、どうともない毎日に戻ってってしまうんだろう。
ずっと思い出して余韻に浸って涙を流して、そういう時間をもっと大切にできないのだろうか。
でも、この旅行が本当に楽しかったということだけは、私はきっとこの先も忘れないだろう。
自分が旅行を楽しめたという事実は、この先の私が自分の人生を楽しむ自信になる。

日常をどう彩り豊かにするかということをよく考えている。
できれば、あまりお金をかけずに。
そうだな、でも今は例えばマックとかモス行って期間限定のやつ食べたいとかそういうことも考えてる。
ご飯のことを考えることが多いかも。
明日は納豆パスタ作る。余ったリゾットも食べる。
リゾット、コシヒカリは向いてないんだなぁて思った。多分柔らかくなってたのはひとめぼれ。硬いとこはコシヒカリ。たぶん。コシヒカリの方が好きだけど、いい感じに炊くの難しい。ひとめぼれ、柔らかく炊きすぎた気はする。もうちょっと、蒸らす前の火入れを長くしてもいいかもしれない。

物語を書きたいとか思ってる。
絵も上手くなりたいし、短歌だって。本も読みたい本は増えていく一方。
時間が限られていて、できることよりできないことの方が多く、そして、どんどん膨れ上がって手に負えなくなっているようなきがする。
やらなくちゃいけないことをこなして、仕事を毎日して、生活も整えて。
ああ、だからみんな、長生きしたいと思うのか。
でも、私がしたいことは全部、耐えられない生をどうにか紛らわすためのものだから、それをするためにもっと生きていたいと思うことはない。
こういうことを、昔は誰かにわかってもらいたくて、誰もわかってくれないだろうなと勝手に思い込んで、一人でずっと苦しんでいた。
今は、もう誰かにわかってもらいたいとも、誰かとこの気持ちを分かち合いたいとも思わない。私と同じように思っている人も多分いるだろうと思う。そのことを特段喜びだとも思わない。出会えても遅すぎる。ただ、同じようなことを思う人がいるのなら、別に苦しむ必要もなくなった。それがなぜか、なんだか悲しいような気がする。

考えたことは全部、どこにもいかず、何にもならない。
昔はこのことが、自分のことを特別だと勘違いさせた。
今の私は、、、一体何を考えて、どこへ向かっていけばいいのだろうね。

古文を読むのも漢文を読むのも、それを読んで何かを考えることも、大好きだったけどもうほとんどしていない。何か大切なものを奪われたような感覚がする。
すればいいって思うじゃん。さっき言ったんだよな、すでに膨れ上がって手に負えねえんだよ。

こんなことを書いているともう23時になっていて、まだ足りないのに、私の心は眠りを選ぶ。この書き物を終わらせようとする。こうして毎日がいつのまにか過ぎていく。会社に勤めるようになってからずっとそういう感覚がしていて、そしてその感覚を、感じないように努めている。生活は否応なく仕事を軸に回る。
隣の部屋から人が話す声
上の部屋から何かの機械の低い音
うるさくて仕方ない。うるさくて仕方ないから、AirPodsをつけてキャンセルする。

クォーターライフクライシスという言葉を見た。ミッドライフクライシスは知ってたけど。そっか。
仕事はほとんど開発が終わり、設計書とテスト仕様書を起こすフェーズに入りつつある。私は本当にテスト仕様書を書くのが苦痛で仕方ない。ちゃんとやらないとと思っているからだと思う。責任感があるからだと思う。

ああそうだ、昨日はとうもろこし茶を冷蔵庫に入れて作った。それを今朝から飲んでいるんだけど、なんか夏っぽくて良い。
実家でも、夏になるとピッチャーの麦茶が冷蔵庫にあった。
昨日は牛乳など買いに外へ出たのも偉かった。お風呂にも入った。
今日は仕事が終わってから、物の場所を少し変えた。掃除も軽くした。
ものの場所の最適化が、後何年経ったら完了するのだろう。多分完了しない。なんにしても、ものが増えてきたから減らしたい気持ちが強くある。生活は少しずつだけども整いに向かって進んでいる。あゆみは遅く、焦る気持ちも出てくるけど。本をどうにかしないといけない……。

夜にはトマトリゾットを作って食べ、原神を進めた。今度クレーが復刻するまでに石を集めたいけど、原神時間が吸われまくるから嫌。本もそろそろ読みたい。

ああそうだ、先生、どうか皆の前でほめないで下さい―いい子症候群の若者たちって本を図書館で予約した。多分私も少し当てはまるし、自分の周りの人間も当てはまると思うし、それを相対化して見ることが可能になり、自分の行動に変容をもたらせるだろうという期待がある。たぶん、30代以上の人たちから見たら、信じられないのではないかなと思うし、目線を変えて見ることができると思う。

稀風社のネプリを出したい。19日までだから、それまでにどっか食べに行くなどの予定とともに遂行したい。
明日は筋トレデーにする。椅子を捨てたり服や本を売ったりしないといけない…なんでこういうの後回しにしちゃうんだろうな。今じゃなくていっかがどんどん増えて脳のメモリを圧迫している。
今日もよく頑張ったと思う。できたことも振り返るとちゃんとあるし、楽しいこともできた。それでもなにかこの虚しさ、焦燥感、自分が奪われている感覚から逃れてはいない。ただ、爆発しないよう抑え込んでいる。ふきこぼれないように火を弱めている。生活を楽しむとか、整えるということが結局はこれに取り組んでいることになると信じてやっているんだけど、即効薬になるものなんかないのだと思う。