アイスクリームと獅子

ノーライフ、ノーエブリシン!

カテゴリ一覧

*これは記事ではありません







はじめに



徒想
徒然草と随想から取った私の造語です。日々の考えていることについて節操もなく書き連ねています。
要は所謂雑記。


読んだ本の感想とか、読後の感覚とかを書いています。ネタバレはないと思います。


ドラマ
見たドラマの感想です。だいたい雑感で、メモみたいな感じで思ったことを書いています。ネタバレしてます。


音楽
その時好きな音楽について書いています。だいたい一曲について好きなところとかなんで好きなのかとか書いています。


映画
映画館で観た映画の感想を書いています。ネタバレしかしてません。たまにテレビとかで観たもので面白いものも書いています。


お笑い
お笑いの番組とかライブの感想です。


日記
日記です。その日あったことと感じたことを書いています。

吐きそうになる程、私には何もなかった。
何もないから、吐こうとしても何も出てこないのだった。
私の中には何もなかった。
これだけ生きづらくても、天才にはなれなかった。
才能があるかないか、天才はみんな、自分には才能が無いのだと言う。
だが私に言わせれば、テレビに出て仕事ができているとか、CDを全国で売ることができているとか、歌集が全国の本屋に並ぶとか、それは才能でしかないじゃないか。
それが才能があるということを立派に証明している。
私は今、何もないを必死に吐き出しながら、学校へ行く電車の中にいる。
私と彼らを引く線は一体どこにあるだろう。
病院へ急ぐ。
それでもうまく生きることができれば、病院へ行く必要もないのだっていうことくらいわかる。
信用できない。
自分が何者でもないことを、自分は何者かであることを。わかりたくないと思う。わかってもわからないから。
普通に生きられない人たちがいて、私はその人たちに共感して、でも私には何もない。
昇華できる術がないというか、昇華すべきものは私の中に何もなかった。
何もないという安心感、と誰かが言った。
何もないという絶望感、と他の誰かが言った。
天才は早死にするらしいです。
でもそれは何の天才なんだろうね。
早死にすると人は人を天才にするのだろうと思う。
早死にの天才。早死には才能。

ズーカラデル 夢の恋人について書きたい

さよなら僕のベイベー
いつかは君を忘れる

夢の恋人/ズーカラデル

なぜ主体が恋人とさよならしなければならないのか、曲中では明らかにされていない。
むしろ曲中では、恋人とともに今を過ごしている状況や、未来を想像している主体が描かれる。

ではなぜこの主体は、恋人に対してさよならと言い、いつかは君を忘れると断言するのか。

すぐに、タイトルが示す通り「夢の恋人」だから、という理由が思いつく。
夢の中でしか会えない恋人を、夢が覚めたあとでは忘れてしまう。「君の名は。」で描かれるような感覚を描いている、というもの。

ただそれではあまりにつまらないのではないか。

いつか人は別れる、ということを歌うのは、そんなに真新しいことでもない。

今痛いくらい幸せな思い出が
いつか来るお別れを育てて歩く

アイネクライネ/米津玄師

例えばゆるい幸せがだらっと続いたとする
きっと悪い種が芽を出して
もう さよならなんだ

ソラニン/ASIAN KUNG-FU GENERATION

主体はそういう、「人はいつか別れる」というある種の諦めを、もはやわざわざ歌うほどでもないくらいにわかりきっている。
君を目の前にしながら、君と別れる日の想定は「さよなら」とだけ歌い、そして(なぜなら)、君を忘れるのだということを、実にシンプルに歌ってみせる。


じゃあタイトルにもなっている、「夢」とは一体なんなのか。
私はメタファーだと思う。
今ここにある幸せも、君との日々も、夢のようなものでしかない。だからいつか醒めるときがきて、忘れるときが来る。


刹那的でありながら、未来に対してやるせなさを感じてしまうどうしようもなさは、非常に人間的だと思う。
それとも、未来がわかりきっているからこそ、私達は刹那的になれるのだろうか。

水族館

一人で閉館間際の水族館へ行った。

もともと好きだった場所にどうも居心地の悪さを感じるようになってから、水族館までたどり着くのにかなり遠回りしてきたように思う。

本屋に行っても、購買欲がむやみに掻き立てられるだけで、その感覚を味わうほどの余裕がかつてほどなくなってしまった。最近では本屋に行っても感情が波立たないようになってしまって、それはそれで悲しくなる。

茶店に行っても、「一人で喫茶店でコーヒー飲んでる俺」という客観視に苦しめられ、楽しさはあるもののくつろげなかった。

映画館。そもそも映画があまり得意ではなかった。途中で必ずトイレに行きたくなってしまう。

ライブハウス。好きなミュージシャン以外でライブハウスの雰囲気を楽しむ自信はなかった。


そしてたどり着いたひとり水族館である。なぜ今まで思いつかなかったのだろう、と思うほどに居心地が良かった。自分の精神性に今までで一番合っていると思う行動だった。平日の夜、あまり人のいない水族館を自分のペースで回る。
年間パスポートを買ってしまった。


水槽の中で泳ぐ魚を見ていると、めちゃめちゃ自由に泳いでるようで羨ましく思う。
だけど、彼らは狭い水槽の中にいてどこにも行けない。そして、今こうして順序通りに進んでいる私たちもまた、どこにも行けない。
私たちも、地球という大きな水槽に入れられただけの存在でしかないのだろう。

ショートショートショート

「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
私は彼にそう訊いてみた、彼は
「えー、そら、」
と言った後少し黙って、
「幼馴染だから?」
と語尾をあげて答えた。
幼馴染。
不便な言葉だ。幼馴染と言って仕舞えばそれでことが済んでしまう。どう考えても不便だ。
「幼馴染、ね…」
私は、私は彼のことをどう思っているのだろう。

「おい、目、真っ赤だぞ。何かあったのか」
何か、なんていつも起きている。
「うるさい。デリカシーないのかお前には」
「はあ?心配して言ってんだろ、一応」
もしも全部打ち明けられたら何か変わるのだろうか。多分変わるだろう。私のことを彼は受け止めきれなくなってきっとどこかへ逃げてしまう、こんな話、したら絶対。
「毎日同じ光景がフラッシュバックするの。毎日、毎日。そのたびに、泣きたくなって、授業中だろうが、電車の中だろうが、外を歩いていようが、泣いてしまいそうになる」
と言って仕舞えば楽だろうか。
彼はきっと私が言わんとしていることを理解できるだろう。あの日、五年前、そうか、もう五年も経つのか、あの日、トラックと私の家の車がぶつかった日、のことだと。でも私がフラッシュバックする光景自体はきっと彼の中にはない、なぜならその場にいたのは私と、トラックの運転手だけだから。
車の外に投げ出された私と私の両親と、何が違ったんだろうと考える。私は私の数メートル離れた場所に転がっている両親を見た瞬間に、死んでる、となぜかわかった。
「おーい、きいてんのかおめー」
という大洋の声でハッとする。
「聞くわけないだろ、お前の話なんか」
「ひっで!」
大洋は笑っている。私もつられて笑う。多分私はこういう微かな瞬間を失いたくないのだと思う。
チャイムが鳴った。うお、とか言いながら大洋は席に戻った。
毎日、毎日同じ画像が、私の、脳裏なのか、目の裏なのか、とにかく私だけに映るのは、本当に厄介だし、実生活に支障をきたしている。一瞬だけの、残像。五年前から残っている、残像。
だけど、と思う。
もし、この残像が映らなくなったら、私は不安でたまらなくなるだろう。自分が今持っている、辛い、苦しい、そういう気持ちがなくなるのが怖い。辛くて悲しくて仕方なくなる気持ちを手放したくないと思っている。
そんな話、やっぱり彼にはできない。

記録

今朝、自分がいる世界が、みんながいる世界と同じものなのかがわからなくなった。今ここを歩いている私がいることは確かだった。だが、同じようにここを歩いている幾人もの他人が、本当にここに存在しているのか、という疑いようもないはずの事象を信じられなくなったのだ。
これに似たようなことは、高校生の頃から何度か経験していたが、大学生になってからは初めてだった。
自分が今いるこの世界は、自分がいていい世界なのだろうか。違う世界に迷い込んでしまったのではないか。そういった思考がろくなことにならないことを私は知っていた。だが、思考は止まる気配を見せなかった。もしそう思って止められるのなら、今までだって止められたはずだ。
どうしよう、どうしよう、と脳内は焦っていた。ここは本当に自分がいつもいる世界で正しいのだろうか。今ここを歩いている人たちは本当にきちんと存在しているのだろうか。考えれば考えるほど訳が分からなくなり、吐き気を催した。涙が出てきそうになり、コンマ何秒か瞼を閉じてやり過ごした。
教室に着くと少し落ち着いた。かばんを机の上に置くことができたし、自分の手は自分の思うように動いていることを認識できた。人が話している声が、さっきよりもきちんと聞こえてくるような気がした。
授業が始まって、しばらく経ってからスマホが光った。友達から遊びの誘いのLINEが来たのだ。それを見て私はあまりに安心して、さっきとは違う理由で泣きそうになり、ようやく授業に集中することができた。

山ちゃんおめでとうございます

山里亮太結婚は幸せでしかなかった。
どうしてだろう、だれかの結婚などいつもどうでも良いと思うことすらないくらい興味がないのに、山ちゃんが結婚したという情報が並びに並ぶツイッターだのワイドショーに心が踊ったのは。



私自身、自分が結婚できないくらいよくない人間だと思っていて、人の幸せを素直に祝福できる人間ではないと思っていたけど、山ちゃんの結婚でこんなに嬉しくなれるなら、若林が結婚したり、友達が結婚した日にはきっと泣いてしまうんじゃないだろうか?


会見の写真にしずちゃんを見た時、こんな幸せがあるんだなあと思った。
この二人の関係性を神秘と言わずして何を神秘と言うのだろう。


不毛な議論の最後に泣きながら喋る山ちゃんに、幸せになるのが怖かったと語る山ちゃんに、それでも幸せになることを選んだ山ちゃんに、なんだか私は泣いてしまいそうになったのでした。



40分間祝福トークをした若林も、山ちゃんは愛に溢れていると何度か言っていたけど、そのトークも愛に溢れまくっていて、愛に溢れまくりの山里結婚物語を見ているようで、私はめちゃめちゃ楽しかった。


なんかそういう、人生のきらめきみたいなものを、虚構ではなくて、実の世界に見ることができるんだなって思った。
この世界って嘘じゃないんだなって、なぜか思った。