精神と身体を病み、休職してからまもなく一年になろうとしている。
こう書くと、精神を病んだのは1年ほど前のような意味に見えるが、精神についてはそのもっと前から病んでいるから実態とズレる言い方だなと思う。
一年が経つと、休職期間が満了となる。私はおそらくその時点で退職するのだろう、と思う。
そうなれば晴れて無職だ。
世の中には次を決めずに退職するなんて愚か者のやることだという向きもあるだろう。
離職していた期間なにをしていたのかと就職活動の面接の中で聞かれることもあるだろう。
そこでいかに「なにもしていなかったわけではない」とアピールできるかが鍵なのだろう。
仕事でコミュニケーションの量が極端に減り、病みかけた末に転職して行った先輩のことを思い出す。
仕事をやめ、何も決めずしばらく海外で暮らしていた先輩のことを思い出す。
ただ休みたかったので休みましたと言える世界になればいいと私は心から思う。
このような状況になり、自分と似たような状況にある人のコミュニティにいくつか参加しているが、どこに行っても皆普通に見える。
普通というのは良くないワードであるがあえて使う。
つまり、どこにも問題がなさそうに見える。この言い方も嫌だわ。
精神の障害というのは見えない。そういうことが言いたい。
だから理解もされにくい。
自分でも、なにがなんだかわからないことだってある。
リワークで、コミュニケーションスキルを学ぶ時間を体験し、複雑な怒りが私の心に沸いた。
たしかにそういったスキルが自分の身を守ってくれることはあるが、そういった知識を持っている側がいつだって割を食うんじゃないのか。
知らないが、たとえばここには職場でパワハラに遭い、精神を病み通所している人もいるんじゃないか。
そうであれば、コミュニケーションスキルを学ぶべきはそのパワハラした本人だろう。
パワハラをした人間は別に何の処分もされずにのうのうと毎日仕事をしているケースも多いんじゃないか。
パワハラがあったら、その本人こそこういったスキルを学ぶ場所に通所させろ。
そんな場所は多分ない。
私がコミュニティで出会った人たちはみな、優しく、穏やかだった。
こういう人たちだけがいる職場で働いたら、私の息苦しさは減るのに。
そう思う人も他にもいるんじゃないか。
私がもし会社を作るなら、そういう人やキャリアブレイク経験のある人ばかりを採用したい。そう思うのは私がINFJだからだろうか。