アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

感想と日々の随筆。ごった煮です

春を裂く

気持ちが浮つきまくっている。
歌会が想定よりも楽しかったからか。やっぱ週一スパンくらいで歌会したい。この一年は短歌に向き合う時間もとてつもなく少なかった。毎月百首くらい作りたい。作りたいって欲求よくわからないけど。

そこに迫りくる社会人生活への不安も混ざっている。
早く落ち着きたい。はやく四月になりはやく一年が経ってほしい。スマホゲームみたいにオートプレイで経験値とスキルだけ手に入った状態になりたい。ていうか人生全部オートプレイでよい。葬式もオートプレイ。


示唆ばかりして自分でも気持ち悪くなっているから言ってしまうけど、私は別にアセクシャルではない。「ではない」とかいうと変な風に伝わるのかもしれないが…。じゃあ何って話ですがなんでわざわざ自分のセクシャリティについてことこまかく説明しないといけないのだろうという気持ちになる。説明せんでもうまくいく人たち、それだけで特権を持っているよ。まあいつか気が向いたら、同じような人が救われるかもしれないから書くかもしれない。かもしれぬ。

私はいつも引き裂かれそうである。
セクシャリティも短歌も趣味も思想も全部、どこにも所属していたくない。コミュニティに所属するのはそこまで抵抗はないけれど、それを自分のアイデンティティにしちゃう危うさはあると思う。無所属です、ということすら一種の所属だし、何も言いたくない。私は私として存在しているだけ。そう思っているのに、どこかに所属できる安心感を渇望している。
どこかに所属したくないという欲求は、その欲求が先に来ているのではなくて、自分の現状がそうだから、それに欲求を合わせているのかもしれない。どこにも所属できないと言う現実を、あたかも自分が欲しているという見せ方をする。そういうことがおそらく、私の内部ではいくつもいくつも起きている。

私は自分が傷つくことも誰かを傷つけることも恐れすぎている。もっと恐れないでいてもいいんじゃないか?傷つき傷つけるのが怖くて面倒だから、人間関係も省エネだし、自分らしくいることに困難がある。人に質問をしたり、人の耳を私の声で埋めることに恐怖がある。嫌われたくないのかもしれない。承認欲求と自己顕示欲と自意識の塊なのだ。
どこにも所属していたくないし、私は私なのだけど、どこまで私を見せるのかっていうことを、他者個人個人に対してかなりこまかく分けていると思う。別に私が私でありたいのであれば何も気にせずやればいいじゃん。面倒ごとに巻き込まれにいけよもっと。経験値足りねえのよ。


自分の感情や行動のバグへの対処法をはやく確立させたいものだね。
〜ものだね、って言い方いいね。昨日も使った。「酒を飲まずに酔える日を増やしたいものだね。」
酔えることって本当に減っている。高校生までは比較的簡単に酔えた。自分にね。映画とかゲームの物語への没頭や入り込みも酔いですよ。推しにキャーキャーできんのも酔いです。
最近本当に酔えなくなってるんだよなあ。没頭と言っても死にがいを〜の没頭は、楽しくないタイプの没頭なのでまたちょっと性質の違う酔いではあるけど。楽しくなれることが欲しいので。時間や周りのことを忘れて楽しくなれる気持ちよくなれるっていうことがどんどん減っていくのだろうな。トリプルファイヤー のライブはそれだった、行きたいよ。
村本さんのこないだは酔えなかったなあ、人が一緒にいたからってのもあるのかもだけど。人が一緒にいると酔えることはガクンと減る。自意識と承認欲求の塊なので。自意識と承認欲求マジでどうにかなんねえかな。恋人ができたら変わりますか?うける。
過去思っていた恋人が欲しいって欲求は安心したいだけだった。恋愛って本当によくできてる。人間の安心したいという欲望にあたかもよりそってくれるかのように恋愛というのが存在している。幻想。全部幻想なのか世の中。まあそう思いますね。幻想だよ。自分が信じたいもので見えてる世界が構築されてんだ。あ〜。その自分が見えている幻想を他者に差し出そうとする営みが芸術なんではないですか。草枕