アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

文庫『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』

およそ三年前に読んでエグい泣き方をした本が、加筆されて文庫になったので、買って、読みました。加筆分を読んだ。単行本を自分で持っている本の文庫版を買うのはこれが初めてです。そんなのはどうでもいい。この文章は、この本を読んだ人向けです。

若林さんの本を読むといつも、魂をぶつけられたような感じがして、しばらく動けなくなる。今回は、それだけでなく、DJ松永による解説という名の手紙にも魂をぶつけられて、しばらくベッドの上であおむけになっていた。

その確信を、新自由主義の競争で誰かを傷つけて貰ったお金を使って俺は見てきた。

(p334)

記事の感想を書こうと思って、引用する文章を探していたときに、全く引用する気がなかったこの一文を読んでまたしばらく動けなくなった。この一文がえぐすぎるのだ。この一文が、あとがきの最後の最後に書かれている。

この表現を読んだときに私が胸を打たれたのはなぜだろう。この文章が、資本主義というシステムの中に生きている自分を肯定する文章に見えたからだろうか。一瞬そう思いかけて、そうじゃない、とすぐに思った。肯定したいなら、「誰かを傷つけて」なんてわざわざ言うだろうか。この一文は、めちゃくちゃな、精神的に受け入れがたいとも思えてしまうような矛盾をはらんでいる。だから、この一文は、肯定とか、否定とか、そんなんじゃないとしたら、どうだろう。すなわちこれは、若林さんにとってのまぎれもない事実であって、それ以上でもそれ以下でもないということだ。そうなっているっていう、ただそれだけのこと。

資本主義への疑義を感じながらも、自身がそのシステムの中に生きている人間であることを自覚し、結局自分自身も資本主義のシステムの中で誰かを傷つけ誰かの上に立っている。そのことは、自身が同級生に年収を聞かれたエピソードに表れているし、「ナイーブな少数派の理想主義者で集まったって、そこでまたヒエラルキーが発生して、ぶんどる奴とぶんどられる奴に分かれる」(p330)という文にも表れている。これは決して若林さんだけではない。私もそうだし、私の友達だってそうだし、これを読んでいるあなたもそうだ。そういう話だこれは。でも、若林さんはそのシステムの中で得たお金で、資本主義のシステムの価値の手が届かない価値を得た、という。これはめちゃくちゃな精神的に矛盾をはらんでいるんだけど、その矛盾こそ、私たちは受け止めて、諦めて、まっすぐ前を見るしかないのだろう。そういえば、最初から彼は、そういう矛盾を受け止めるということを私に教えてくれていたのではなかったか。

ぼくらのような人間は、ネガティブで考え過ぎな性格のまま楽しく生きられるようにならなきゃいけないんですよ。

(『完全版社会人大学人見知り学部卒業見込』p239)

『完全版社会人大学人見知り学部卒業見込』に書かれている言葉だ。その頃私は、ネガティブを治さなければ楽しく生きられないという気持ちと、自分を肯定するには自分のネガティブをこそ肯定しなければという相矛盾する気持ちを抱えて葛藤していた時期だった。だから、この言葉を読んだとき、「あ、それでいいんだ」ともやもやしていた気持ちが一瞬で吹き飛んだ。「こんな策があったなんて」と目からうろこだった。しかも「それができたら無理ねえわ」と思わせない圧倒的説得力があの本にはあった。もはや私の座右の銘と言って過言ではないくらい、この三年間で何度も何度も心の中で唱えた言葉だ。

若林さんの結論は、『社会人大学』で出した結論である「没頭」と、『ナナメの夕暮れ』で出した「合う人と会う」*1という言葉の変奏であろう「血の通った関係」の二つだった。私は私の結論を出せるだろうか。血の通った関係を現実にもっと作れるだろうか。私はいまだにボンネットの中を開けてばかりの人間だ。そのせいで悩みすぎたり考えすぎて苦しくなることがまだまだ多い。だけどそういうときは若林さんのことを思う。これからもそうだろう。そうすれば、「大丈夫」*2だと思えるから。

最後に、めちゃくちゃ素晴らしい書評の中から一つ引用して終わります。

かつてうまく生きられない苦しみを語り、同じつらさを抱えていた若者たちを勇気づけた若林正恭氏は、真摯さを貫いたゆえの変貌を遂げ、最新エッセイ集である『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋)や『さよなら たりないふたり』以降の同シリーズでは、自己を確立した人間の次のステージのあり方を模索し、まだ誰にも語られていない場所へ足を踏み入れ、提示を始めている。

若林正恭『カバーニャ要塞』が文庫化。これは中年の足元を照らす、新たな時代の名著である (花田菜々子) - QJWeb クイックジャパンウェブ

そう、「まだ誰にも語られていない場所へ足を踏み入れ」て、それを文章にしたりラジオで話したりしてくれる若林さんに、私はいつも勇気づけられるのだ。

若林さんの今を、そしてその先をまだまだ見ていたい。

*1:『ナナメの夕暮れ』p217

*2:『社会人大学』p87