アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

一年の計は、

今年の目標はまだ立てないことにする。

トリプルファイヤーのギターの鳥居さんが書く文章が好きだ。さっき年末に上げていたブログを読んで改めて思った。
自分のことは自分で可愛がりたい、みたいなことを書いていた。

本当にそうだな、と思う。
私もそうやって自分のことを可愛がりたい。
誰にも見られなくても、自分の部屋は自分のために綺麗にしておきたい。
私もそう思った。


私もそう思った。


私もそう思った、というのは一体なんなのか。


読書は、他人にものを考えてもらうことである。(略)だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。自分で思索する仕事をやめて読書に移るとき、ほっとした気持になるのも、そのためである。だが読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない
ショウペンハウエル『読書について』


僕はどうしたらいいのか、もうわからなくなってきている。


一度、夢リスト100を作った。
「ブログで稼げるようになりたい」なんて書いたが、本当に私はそれが夢、なのだろうか?


ブログは私が書きたいように書いているだけで、私が書きたいことを書くための場所で、そこに誰かが入ってきて、誰かのために書き始めたら、私はそれを楽しいことと思えるだろうか?


むしろ私の夢は、「ブログで自分のことを表現することに磨きをかけたい」とか、そういう方向に向かなければならないのではないか?


なければならない。


〜なければならないってなんなんだ。



私はずっとそういう思考方法だ。
もし〇〇したければ〇〇しなければならない。
そうやって自分なりにレールを敷いていたほうが、自分で進みやすいからだ。


だけど最近は感じる。
その思考法が自分のことを苦しめている。

泥まみれになって進んでいる人や、スコップでひたすら道を整えている人を見て馬鹿にしている。
本当は羨ましいのかもしれない。


もうそういうの全部、やめにしたい。
自分のことも、他人のことも、世界のことも。
自分がしたいと心から思うことだけしていたい。

セルフ義務感や、誰かの意見や強すぎる自意識とかに振り回されるのはもう、本当に本当に嫌だ。


それに振り回されない自分になるために2020年をどういう年にするのか。
これから考える。
2020年にこだわることもなかろう。
私は私らしく生きられるようになる。
いや、なりたい。




本にも映画にも頼らずに生きるなら自分が何を感じたのかを自分の体験からだけで感じないといけないし、本とか映画もその体験に含めることは可能だけどかなりのクリティカルシンキングが必要だ。なんにせよ。(またセルフ義務感)