アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

「すべてが可能な私の家で」

クリスタルガイザー(水)のキャップってすごく小さいよね。あとボトルがいろはす(水)ぐらいやわらかい。クリスタルガイザーなんだね、クリスタルカイザーだと今の今まで思っていた。水は、硬水の方が好きだ。
羊文学を歌っていると歌詞の鋭さに泣いてしまいそうになる。恐ろしい。
昨日は人を好きになることってどういうことだろうと考えていたら、胸がドキドキしすぎてそのまま眠れなくなってしまった。ダメだ、ダメだダメだダメだ、ダメだ!
他のことを考えようと思っていたら、かつて好きだった人のことを、今とは違う呼び方で呼んでいたことを思い出した。その呼び方で彼のことを呼ぶ友達がいて、それを聞くたびに私はドキッとしてしまう。そうして、今日はもう寝付けないなって思って、いろいろなことが巡る頭の中をどうにもできないなと思って、スマホを見て、更新されないツイッターのタイムラインを何度もシュポシュポやっているのだった。そのうちそれにも飽きてきて、私はいつものように、夜中1時をすぎると胸焼けがしてきて、それに耐えきれずに上半身を起こした。その勢いで部屋の電気をつけて、瀬戸夏子の『現実のクリストファー・ロビン』でも読もうと思って、開いたのだけど、そこに書かれているのは、文法は正しいはずなのに全く意味が理解できない文字列の羅列。これが2009年かと思ったら驚いた。エッセイが始まっても、あんまりに、あんまりで、私はどうしても本を閉じて、「ダメだ」と連呼して部屋を歩き回ったの。何がダメなんだろう。わからない。私は、中学生の時、詩を書いていた。詩を。詩、、、詩とは一体なんだろうか、ということを思って、父に聞いたら、父はウィキペディアを印刷して私にくれた。何ページにもわたるウィキペディアのコピーを読んでも、まったくもって詩のことはわからなかったよ。多分今読んでもわからないだろうね。読んでないけど。詩を書いていたんだけど、私もこういう、瀬戸夏子の、はじめに書かれていた、意味のわからない、いや、意味のない、意味はあるな。言葉1つ1つに意味はあるんだけど、並べることで意味がなくなってしまうような、詩を書いていたことがある。もう、私は自分自身創作はしないと思った高校生の時に、全てを捨ててしまったから、あまり覚えていないのだけど。なんなら、この記憶自体違ってるような気もするし。だって私はこの前開けた、小六の時に書いた20への自分への手紙の内容も、覚え違いをしてたくらいだからね。まあそれはそれとして、でもそういう、意味のない言葉を使って詩を書いていた記憶がとにかくある。とにかくよくわからない言葉を羅列して、そこからポエジーが生まれると私は勘違いしていたと思うのはまったくこれも、高校生の頃。だけどそういうものに出会ってしまうとはね、大学三年生になって。私は高校生の時、自分の詩性を捨ててしまったことを覚えている。自分は今更短歌をやっているけど、その捨てたものは戻ってくる気配はなかったよ。なかったねえ。ないね、てか。でもなんだ、もっと自由になれないのだろうかと、現実のクリストファーロビンを読んでいて思ってしまった。もっとこう、湧き出てくる言葉をつなぎ合わせるあの、自由感!私は羽をもがれた鳥だね、っていう字面、なんて不自由なんだろう。自由と鳥はもはや近すぎてなんの意味もなさない。むしろ意味がありすぎるんだよ。2009年。私、11歳。嵐に出会う頃。ようやく自我が芽生える頃。本で感動する頃。本当の意味で言葉に出会う頃。小説家になりたいと思う頃。やべえ。なんというか、ポエマラスな人間に戻りたいと思うこともあるね。そういう、ソシュールは言っていた、言葉の連合って話。やっと思い出した、連合。連合は無限だから、詩はどんな言葉をつなぎ合わせてもきっと誰かしらに響くと思うよ。私もその中で響く一文が何個もあったように。そしてその響く文は人によって違うように。きっと違うんだろうなって思ったよ。
あのね、ワワフラミンゴって知ってる?私は知ってる。この前見たテアトロコントに出てたんだけどね、彼らの劇もそういう感じだった。会話をしているんだけど、まったく無意味。一人の言葉は意味をなしているのだけど、会話になると意味がなくなる。噛み合わない。だけどなんとなく見ている側は、たまに噛み合ったりするんだよ。そしておそらくそれは観客によって変わるんだろうなと思った。同じ。歌、短歌。短歌を評するには短歌だけで足りるのか。って話があるね。いろんなものを組み合わせるね。評ってなんだろうね。上手いってなんだろうね。うまさになんの意味もないよね。結局芸術家が、芸術家で飯を食うには、きっと批評家に愛されるかどうかなんだろね。なんでもいい。文学評論家に愛されればいいんだ。評論家と芸術家の関係はずっと変わらないだろう。一般市民が永遠になにもわからない限りね。