アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

万引き家族 雑感

幸せが壊されてゆく。


万引き家族を観ながら、何度かグッと泣きそうになるのをこらえていた。泣くのは何かが違うと思った。ここに描かれているのはどこかで今も起きていることなのかもしれない。かもしれない、としか言えない自分の知識のなさで、泣くのは何かが違うと思った。


私は樹木希林演じる祖母が死ぬまでの、家族の暮らしを、なんの違和感もなく、なんの抵抗感もなく淡々とみていた。
これが映画(=フィクション)であることを全く意識せずに観ていた。
それだけリアリティに溢れていた。いや、もはやリアリティすら感じなかった。リアリティは虚構にのみ存在するから。

花火とか、海とか、食事とか、そういうありきたりな形を持ったものが、そこにあった。あった。ただただあった。
万引きもそれと同じようにそこにただただあったものの1つだった。

最後の30分間、私はどうやって見ていればいいのかわからなかった。
そこになってようやくフィクションのようなデフォルメがなされる。カメラが取調べ側からのアングルになって、5人がいる場所がバラバラになって、時間軸も不明になる。
なのにどこまで行っても、これが虚構だということを感じられない。
今まで一緒にいた家族の境遇が明らかになってゆくが、私の脳の処理はそれには追いついてくれなかった。
だってこの人たち家族じゃ、、ないのか、っていうのは、わかってたけど、でも、こんなに簡単に引き裂かれてしまうものなのか。
こんなに簡単に壊れてゆくものなのか。それも静かに。とても静かに。当たり前のように。


血の繋がりがないと。

産んだら母になるの?

という安藤サクラのセリフは、「血の繋がりがあると家族になるの?」と言い換えることも可能だろう。



事実、人の関係とかそういったものは簡単に壊れる。簡単に壊れる。簡単に壊れる。それが現実。
簡単に壊れる。
しかも特に、これといった原因があるわけでもなく。
これかもな、という原因があっても、多分それがなくても壊れる。
しかも静かに。
しかも気がつかないうちに。


この映画が、映画であるということが私にはまだ受け入れられない。