アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

羊文学について書きたい。

羊文学は、モラトリアムを過ごす私たちの代弁者だ、なんて言ったら傲慢だろうか。

青春時代が終われば
私たち 生きてる意味がないわ

ドラマ

羊文学 "ドラマ"(Official Music Video) - YouTube

もうすぐ、モラトリアムが終わる。終わりそうになって初めて、モラトリアムの意味がわかる。今となってはもう遅い。失われた時間は返ってこない。
モラトリアムは大人になるまでの準備期間なのだと、どうして誰も教えてくれなかったのだろうか!



20になった。もうすぐ21になる。でもまだ大人じゃない。20ってもっと大人だと思ってた訳ではない。単純に自分はまだ大人ではないと感じる。だってまだ、自分のお金で稼いでないし。
全然、自分が何者かわかってないし、まだ、自分のことだけで精一杯で、他者との関係性を考えては苦しくなって。

そんな日々も、肯定していいのだろうか。
それこそがモラトリアムなのだろうか、と迷って迷って、もう、どうしようもないときに、羊文学を聴いた。

長い階段をかけあがってたら
足が疲れて座り込んでしまった
一度こうなると立ち上がるのには
ものすごく強い心がいるなと思った

Step

Hitsujibungaku "Step"(Official Music Video) - YouTube

まるで小説のモノローグのようにすっと歌詞が耳に入ってきた。
長い階段ってのはもちろん人生の比喩として考えていいと思った。
立ち止まったら、もう立ち上がれなくなってしまうんじゃないかという恐怖感で、走り続けて疲れてしまう。周りの人はずっと前にいるような気がして、妬んだり、してしまう。

自分のことばかり
いつもいっぱいになるのは
多分仕方のないことで
それもいいけれど
少しくらいは優しくなりたい

Step

でもそれを肯定していく力が欲しいと私は思う。それでもやっぱり、それよりももっとちゃんと生きていきたいと願う気持ちも嘘にしないで歌ってくれていた。
そういう歌が世界にあるだけで、少し息がしやすくなる気がした。


自分って一体なんだろうって、20にもなって言っている人間は、やっぱり痛い人間ってことになってしまうんだろうか。
私はどんな人間で、どんなことができて、社会に出たらどういう風に生きていける人間で、どんな風に生きていきたいのか、わからない。学生の分際で、経験も大してしたことなくて、今目の前を生きるだけでいっぱいいっぱいの私が?何かをできるんだろうか?

そういう時期を、羊文学も生きているような気がする。
決して綺麗なだけじゃない日々や感情。
それでも優しい言葉にして捉え直そうとしたり、全部なくなってしまえと投げやりになったりする。

ミルクをこぼした 白く染まる夕方
あなたはまた間違った恋をしている

ミルク

あなたを一人にするくらいなら
僕は夢を見るのをやめよう

若者たち

それは世紀末のクリスマスイブ
誰もが愛したこの街は
知らない神様が変えてしまう
っていう話

1999


じゃあもう少し。
少しくらいは。少しくらいはちゃんと生きていきたい気持ちもあるから。