アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

会話が下手なのだが

人とどうコミュニケーションを取ればいいのかで、まだ悩んでいる。


どうすれば、人とうまく会話ができるようになるのだろう。

まず、「話し上手は聞き上手」との言説をなるほど、と思って実践した。今もこれはある程度意識している。
聞く、というのはただ耳を傾けていればいいというものではない。人の話を理解しようとし、相槌をうったり、合いの手を入れたり、疑問詞で問いかけてみたりする。人の話を聞くために、私は若林がANNでフリートークをする時の春日を参考にしている。春日の相槌はうまい(山里談)。

だが聞いているだけではあまりよくないことに気づいた。相手があまり話さないタイプだと終わる。そして何より、聞いているだけでは自分が何も面白くないのだ。

そして私は人と話すのが億劫になる、という逆戻りを見事果たすことになる。
うまく人と話せないじゃん。話を聞くだけじゃつまんないじゃん。会話無理。つまらん。という。



そんなとき、久しぶりに高校時代の男友達と会った。
彼もよく話す人で、私は「聞き役に徹する」ということをここでも実践した。
彼の話は会話というよりかはどちらかといえば対話寄りで、話が盛り上がってくると実際に対話もした。彼は私に話を振ることもした。
私は、自分が今、聞き役に徹していてもとてつもなく楽しいと思った。


そして私は気づいた。
「人とうまくコミュニケーションを取る方法」に関して、一般論はない。
「こうすれば誰とでもうまく会話ができます」という万能テクニックなんてない。
そして仮に、もしそういったものがあったとしても、それは私には向いていない。

もう一つ。
みんな話を聞いてもらいたい。自分の話をしたい。
そんな中でも、話を聞く人というのは存在していて、私はそういう人を見つけることができるようになった。そしてそれが当たり前ではない、稀有な存在なのだということに気づいた。




結局、人間同士一対一の関係性をどう紡いでいくか、というところじゃないか、という結論に至った。
そしてその結論に至って、これは一筋縄ではいかないぞと思った。
私は人と仲良くなるのにとても時間がかかるからだ。


なぜ時間がかかってしまうのか。
人の目を気にしているからだ。
相手に変だと思われたらどうしよう。その結果相手に嫌われたらどうしよう。
とお得意の自意識過剰はまだ完全に抜けていないらしい。
最近は、初対面の人となら楽に会話ができるようになった。それこそ聞き役に徹して、たまに自分の話を挟みいれればいいからだ。
問題はその後である。
なぜ人の目を気にしてしまうのだろう。自分らしく人と接することができないのだろう。
自分に自信がないからだ。自分が過剰に人目を気にしてきた結果、自分がどうしたいのかすらわからなくなってしまった。


価値観を自分軸に置かない、ということは、相手のことを思っているように一見見える。だがその実、相手にどう思われるのかを気にして、自分のことばかり考えているのだ。

というわけで今、見失った自分軸を見つけるのに苦労しているところだ。
全くよくわからない。自分はどうしたいのかと自分に問うてみても、よくわからない。





ちなみに、酒を呑むと、ずっと話しやすくなる。
これが本来の自分なのではないか、とまで思う。そう、中学生までの私は、人のことなんか一個も気にせずに自分が好きなように、でも絶対言ってはいけないラインを越えないように話していた。
今の私が酒を飲んだときみたいにすらすらすらすら、よく話せたもんだと思う。
そして何を話していたんだ、過去の自分。
趣味もないし勉強しかしてない私が一体何を話していたのか、全く思い出せない。
中学の時の卒業アルバムを見返すと、「一緒にいるときに笑い合ってた記憶しかない」的なことがたくさんかかれている。男子からも「面白い」とかそういう言葉が書かれていて、本当にどうなってるんだろう?という感じだ。
多分、中学時代の同級生がみんなコミュ力が高かった、ただそれだけの気もする。


それと、「会話が下手」とグーグル先生に聞くと、最初に言ったように「話上手は聞き上手」的なアドバイスまとめサイトみたいなのしか出てこない。話が下手だと思っている人のブログみたいなのが出てきてくれたほうが、救われる気がするのは私だけだろうか。