アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

鈴木敏夫とジブリ展

に、行きました。


鈴木敏夫の書によって、日本文学とか漢文学の中の一節が現代に蘇る。
言葉を愛していることがその手から伝わってきた。



書の道を抜けてカーテンの向こうに行くと、漫画の月刊誌やら鈴木敏夫の卒論の原稿やら寺山修司の詩やらが本棚に並べられた部屋であった。
卒論に書かれた文字を見て、「筆跡に迷いがない」と思った。ためらいがない。なにをやっても自信のない自分のことをかえりみてしまった。
説明文に書かれた戦争の二文字だけが私の頭を離れない。
何故だろう、私はこの部屋に来て、自分はまだ絶望しているつもりになっているだけだと思った。
本当に絶望しなければ、多分誰かを感動させられるような作品は作れないのだと。



部屋を出ると、アニメージュが一面壁に並べられた通りになる。
その前にあるガラスの展示台の中に、編集社時代のだろうか、文字を書く時の注意書きを見つけた。
それは、送り仮名に関する注意書きだった。送り仮名で迷ったら、他の活用形を探せ、というものだ。定かではないが複合動詞の例だったような気がする。
他の活用形の活用語尾を考えて、それが送り仮名で出るならば出す(書き込むは書込むではない)、というルールである。
これはと思った。これは日本語に対する意識を示す資料だ!と思った。
一応大学で古典語を研究しているのでなんかそういうものに対して目が輝くようになってしまった。
あと、あんま関係ないが鈴木敏夫、ノートに書いてある字が独特かつめちゃめちゃうまい。もはやフォント。



その後ポスターが貼ってある部屋を通った先の説明文がとても良くて、メモを取った。

作る人が自由に好きなものを作っても、なかなかいい作品はできない。むしろ、ある制約をかけられて、それを克服しながら作ると、いいものができるんです

本当にその通りだ。この言葉は、おそらくキャッチコピーなどの仕事をもらうときに、なんらかの要望を受ける、といった文脈であるが、作品全般に言える。
だから私は制限されたものが好きなのだと思う。短歌にしろ、スリーピースバンドにしろ、ソロギターにしろ、大喜利にしろ。短いからこそ密度を高めようとする。



ぶつ切りですが、終わり。おみくじは末吉でした。ハクのおにぎり食べておかえり。