アイスクリームと獅子

アイスクリームと獅子

lionなのはわかっているよ

5人

私にとって嵐は、ずっと遠くの方で暖かく輝いている光のようなものだった。眩しすぎて、近寄ることができず、かといって、目を離すこともできない、そういう存在だった。

近くにいる時もかつてはあった。
暖かさとキラキラした愛が溢れていて幸せだったし同時に苦しくて、苦しさを感じるくらい好きになったことなんて初めてだったから、その苦しみさえも愛していた。
でもいつからか、そのあまりの眩しさに疲れてしまって、距離を置くようになってしまった。


嵐以外に自分の好きなものをたくさん見つけた。自分にとってちょうどいい具合に光っていてそれほど大きくないもの。全く光ってないのになぜか大切に思えるもの。すごく小さいけれどずっと手に握っていられるもの。

それでもやっぱり、あの光の暖かさを忘れられなくて、ずっと遠くからその光を見ていた。
ふっと遠くを見ると、そこには必ず嵐がいた。いつでもそこで光っていた。
たまに近くに寄っては離れて、でもいつもありがとうって思っていたんだ。
そこでいつも変わらず光ってくれていてありがとう。

私の中で絶対的な存在。
あの時ほど情熱的に好きになることは、今はないかもしれないけど、絶対に私はこのグループを嫌いにはならないのだと思っていた。
それだけは確実だった。

なんていうのかなぁ。
嵐に対する気持ちが一筋縄ではいかなさすぎて、うまく説明できない。

テレビもラジオも音楽プレーヤーもスマートフォンもない、小さな小さな島に、1人家を建てて、自分の好きなものだけをこの家の中に詰め込んでいる。この家の中にはもってこられなかったけど、窓を覗けばいつも見えていたもの、っていう感じ。

こんな奇異なファンでした。
こんなんでも、私は嵐のファンでした。

その光が今まもなく消えてしまうということを知らされて、やっぱり戸惑っている。
会員動画を見た瞬間、頭が混乱して「どういうこと?」って連呼が止まらなかった。

でもどこかで、ああ、大野さんはやっぱりそう思っていたんだなってやけに納得した。
ついにきてしまったのだな、と。




彼らを見る回数は、彼らを好きになった頃より減っていたけれど、それだけ彼らを好きだという気持ちは穏やかだった。

相葉ちゃん紅白のとき泣いてたね、松潤の99.9めちゃめちゃ好きだったよ、翔さんやっぱかっこいいよ、ニノはいつ見てもニノだね。
5人揃った時のあの空気感、やっぱ、格別だね。

そういう光が、私にとっての絶対的な光が、消えてしまう。一時とはいえ、それはとっても悲しいことなのだ。
ちゃんと悲しみたいと今は思っている。

こんなファンでもあと2年間、嵐の見せてくれる光を見て楽しんでいてもいいですか。
嵐と同じ景色を見ることは今までも、この2年間もできないかもしれないけど、少しでも近くに寄っていてもいいですか。


会見を見て、2020年までは、最後までくすむことなく、むしろより輝いていてくれるのだとわかった。
だからとても安心した。「休止」という言葉の悲しみ以外の悲しみを、嵐は絶対にファンの人たちに与えなかった。

嵐ってすごいなって思った。
こんなすごいグループだったんだなって、知ってたのに。
嵐は何にも変わってなかった。

大野さんが、ほんとうに何にも縛られずにきちんとお休みできますように。
そして、また私たちの前に姿を見せてくれますように。