アイスクリームと獅子

気にしないでください

無題

こうして散文を書くときは、とっ散らかっている自分の思考をきちんと順序よく、飛躍なくまとめることが不可欠だ。
いつもそれをちゃんとできないで、言いたいことだけ言葉にしてしまう。
あとで読んだ時に、自分でも「この時の感情なんだったっけ」となる。
「順序よく、飛躍なく」ではなく、そのままギュッと濃縮できる詩は、だから私に向いているのかもしれないとかも思うけど。

‪上手く生きられない。本当に大人になりたくないし就職したくない。でもそういう気分も長くは続かない。‬

という言葉をツイートしようとして、これじゃ何も伝わらないと思って、こっちで書き直すことにした。

自分がどういう人間になりたいか、中学の頃はすごくよく考えていた。

知識のある人間になりたい
いつも笑顔でいたい
自分の世界を持っていたい
強くなりたい

こんなふうに箇条書きで、ことあるごとに書いていたけれど、「強くなりたい」だけは絶対含まれていた。

私は今、中学生の彼女が思う「強い人間」なのだろうか?

それどころか、だな。
知識を身につけることを諦めてしまったし、いつも笑顔でいる生活とは程遠いし、自分の世界なんて一個もない。

確か中学生の自分は、「強くなりたい」というのが軸にあって、「強くなるにはどうなればいいのか」ということを他の箇条書きの内容にしていたのだ。


だから、今の私は、彼女が思う強い人間のわけないよね。


私は今、どうすればいいのか、自分がどうなりたいのか、わからない。

人は、「そういう時期だよ」「たくさん悩めばいいよ」とか、言うんだけど、それはいつもの嘘つきの社会の言葉だろう。

みんな結局、勉強したくないとかいいながらちゃんとテストで点数とって難関大学に合格したみたいに、私をまた置いてけぼりにするんだろう。


大人になりたくない、というのは=就職したくないと同じ意味で、就職したくない、というのはまだ勉強する身でいたいという意味だ。就職に対する後ろ向きな気持ちではなく。
知識が欲しい。まだ私は読みたい本も読み終えてないし、勉強したいことをし終えてもない。今のうちにしかできないことを、まだ何一つ成し遂げていない。
だからまだ大人になりたくない。


だけど私はそのうちこう思っていたことも忘れて、知識なんかいらないし本も読みたくないし、早く就職したいと思うんだ。早く40歳になりたいと思うんだ。

今ここを、いつまでも生きられない自分から逃げ、40になれば不惑になれるとでも思っているのか。



そうやってふらふらふらふら気分も考えも上に行ったり右に行ったり南に行ったり西に行ったりしている。
安定しない。
自分が分解されるのを、歌とかブログとかで、稚拙に昇華して、かろうじて阻止している。