アイスクリームと獅子

気にしないでください

ズーカラデル 夢の恋人について書きたい

さよなら僕のベイベー
いつかは君を忘れる

夢の恋人/ズーカラデル

なぜ主体が恋人とさよならしなければならないのか、曲中では明らかにされていない。
むしろ曲中では、恋人とともに今を過ごしている状況や、未来を想像している主体が描かれる。

ではなぜこの主体は、恋人に対してさよならと言い、いつかは君を忘れると断言するのか。

すぐに、タイトルが示す通り「夢の恋人」だから、という理由が思いつく。
夢の中でしか会えない恋人を、夢が覚めたあとでは忘れてしまう。「君の名は。」で描かれるような感覚を描いている、というもの。

ただそれではあまりにつまらないのではないか。

いつか人は別れる、ということを歌うのは、そんなに真新しいことでもない。

今痛いくらい幸せな思い出が
いつか来るお別れを育てて歩く

アイネクライネ/米津玄師

例えばゆるい幸せがだらっと続いたとする
きっと悪い種が芽を出して
もう さよならなんだ

ソラニン/ASIAN KUNG-FU GENERATION

主体はそういう、「人はいつか別れる」というある種の諦めを、もはやわざわざ歌うほどでもないくらいにわかりきっている。
君を目の前にしながら、君と別れる日の想定は「さよなら」とだけ歌い、そして(なぜなら)、君を忘れるのだということを、実にシンプルに歌ってみせる。


じゃあタイトルにもなっている、「夢」とは一体なんなのか。
私はメタファーだと思う。
今ここにある幸せも、君との日々も、夢のようなものでしかない。だからいつか醒めるときがきて、忘れるときが来る。


刹那的でありながら、未来に対してやるせなさを感じてしまうどうしようもなさは、非常に人間的だと思う。
それとも、未来がわかりきっているからこそ、私達は刹那的になれるのだろうか。