アイスクリームと獅子

ノーライフ、ノーエブリシン!

表現すること。

コミュニケーションがうまくいかなくなった時、人は言葉を使って表現し始める、とはよく言ったものだ。
大学1年の文学概説の授業で習った。難しい言葉を使うと「言語階層化論」というらしい。
これを教授は近現代文学にあてはめ、研究者だった夏目金之助が作家になったのも、船の中にいた太田豊太郎が振り返りに文を書き始めるのも、孤独の果てのディスコミュニケーションにかられていると講義した。
私はこれを聞いて大いに心当たりがあるなあと思った。




小説家になりたい。
そう思ったのは、小学五年生の時、初めて本を読んで泣いたことがきっかけだった。



それまでの私の夢は、パン屋さんかパテェシエールになること。
好きな教科は理科と社会。

随分と急な方向転換である。
というのは当時の自分も思ったみたいで、卒業文集にはパン職人になるのが私の夢です、という内容が書かれている。
多分まだそっちの諦めもつかなかったのだろう。


それまで私は、フィクションで泣く、音楽や演劇で泣く、ということがなかった。
怒られたり嫌なことをしたくないこと以外で涙が出る、というのがどういうことなのか、よくわかっていなかった。
だから本を読んで泣いたのが始めてというよりは、グッときて泣くこと自体が初めてだった。



本を読むことはそれ以降急激に増えた。
またあんな風に泣いてみたい、と思っていたのはその理由の一つかもしれない。
だけどいくら「泣ける!」と帯に書かれようと、映画のCMで一般人が「泣けました!」と言おうと、私があの時のように涙を流すことはなかった。



小説家になりたい、という気持ちは中学生のときにはもうだいぶ確立されていた。
「誰かが心を動かして涙を流すような小説を書きたい」とそう思っていた。






小説家を目指すのを諦めたのはいつだろう。
私には人を泣かせるような作品を書くのは無理だと悟った。
そもそも、人を泣かせるってなんだろう。
人を泣かせるために本を書くんだろうか。
そうなると大体登場人物を病気にさせるか殺すかしかなかった。
私の書いた小説は大体誰かが死んでいた。


そしてそういう目線を持ってしまうと、世の中に「泣ける」ことを売りにされているものを穿った視線で見るようになった。
どうせ誰かが死ぬんだろう、ほらやっぱりな。
いつのまにかそれをさらにこじらせて、卒業式でさえ泣けない自分ができあがった。



小説を書くのをやめてからも、文章を書くのをやめることはできなかった。
思ったことや感じたことをルーズリーフに書きつけまくり、授業中暇な時には、裏紙に、自分のうちから出てくる言葉を書き殴りまくった。


大学に入って、短歌を始めた。
そして、ルーズリーフに書き付ける代わりにブログを始めた。
結局、言葉で表現することをやめることができない。
これからもそれはずっとそうなんだろう。


鬱屈な高校生活3年間は、私の性格とかいろんなものをさらに拗らせさせた。
短歌にするのはそういう自分の内面のようなものばかりだった。
でも、最近はこういう系の短歌詠むのやめた。


話が逸れました。といってもそこまで逸れてない。
なんで私がこういう短歌を詠むのをやめたのかというのが、ここに来てまた本で泣いてしまったことが関係している。
もう詳しく何度もしつこく書いてるのでもう書かないんですけど。




で、なんでまたこんな自分語りを改めてしているのかというと、この前のエントリー「オードリーin武道館」をいろんな方が読んでくれて、いろんな反応をいただけたからだ。

いろんな、と言ってるけどそれはこんな辺境の地でやってるブログに反応をいただけることなんて滅多にないからなので、頭に浮かんだ数を10くらいで割ってください。


ブログを書くのも短歌を詠むのも、自分のためにやっている。誰に言ってもわからない気持ちを、とりあえず自分だけは整理しておきたい。未来の自分が読んで過去の自分を思い返してほしい。

そうは思っていても、やっぱり自分が書いたものを読んで、感動したり涙を流したり共感したりしてもらえるというのは、それは本当に嬉しいことなのだ。
もうそんなの、とっくに諦めていたはずだった。
私の文章で人の心をゆさぶれるっていうのが信じられなかった。信じられないくらいに、
もう、なんか大げさだけど最近ずっといいことばかりが起こっている。
慣れてなさすぎてしんどいし勘弁してほしい。

でもやっぱり嬉しい。
人生というには短すぎるとわかっていながら、人生と言ってしまう。


おい!小説書くのやめた自分!
どうだ!
と言おう。
「ブログでいいのかよ、そんなんでいいのかよ、」ってそいつは言うだろう。
大いに良い。

そして未来、文章を書かなくていいくらい幸せになっていても、ずっと続けてくれていてもいいけど、ふとしたときにこの武道館から数日間のことを思い出したらいいと思う。


これからも、私は私のために言葉を使って表現する。