アイスクリームと獅子

ノーライフ、ノーエブリシン!

薄い膜

中学生の頃からだったろうか。
自分の周りに薄い膜が張られるときがある。
繭のように、自分と世界の境界線を引くように、私を囲っている楕円形の膜。

その膜が張られると、たちまち私は憂鬱になる。
憂鬱になっているときに、膜が張られていることに気付く、と言ったほうが正しい。
おそらく常に私の周りに膜は張っているのだけど、普段は気づいてないだけなのだ。

簡単に言えば、世界と自分が隔離されている感覚。
私の世界はこの膜の中で完結していて、見えている世界とはなんの関係もない。
私はこの膜の中でひとりぼっち。

膜を破ろうとすると、伸縮性があることに気付く。
押してもグイーと伸びるだけで破れる気配すらない。

こういう感覚のときに、寂しいからといって人と関わったりしてはいけない。
だいたいろくなことがない。
相手に迷惑をかけるだけである。


膜が気づいてない時でも常にあると言ったのは、膜が張られていないときがまれにあるからだ。
そのときの多幸感はすさまじい。
あの感覚は不思議だ。