アイスクリームと獅子

美しいものと美しくないもの

小学生の時の話

ひとつめ。

小学校低学年のとき、家族ぐるみでよく遊んでいた。友達は、だいたいみんなリュックサックを背負っていた。
中学年になると、家族ぐるみの集まりは減った。その頃から、リュックを背負ってくる友達も減った。おそらく、リュックを背負うのはダサい、という気持ちがそうさせていたのだろうけど、私にはそういう感覚がなかった。みんなが肩掛けカバンを持ってきているのに気づいて、リュックを背負っている人がいないことに気づいて、「あ、肩掛けカバンが欲しいなー」とぼんやり思うのだった。
それから私はかわいい肩掛けカバンを探した。見つけたのは、さくらんぼが描かれていて、ポケットが前に二つ並んでついているものだった。お小遣いという制度自体がなく、欲しいものがあるときは親に言わなければならなかった私は、買ってもらうのにも一苦労だった。
ようやく買ってもらって持ち始めたとき、肩掛けカバンを持っている人は少なくなっていた。小学校高学年のとき、周りのみんながカバンとして持っていたのは、リュックサックだった。自分の体には少し大きめで、でかい文字が入っていたり、装飾や柄が抑えめだったりするリュックサックを、紐を無駄に長くして背負っていた。
私は、自分の肩掛けカバンとみんなのリュックサックを見比べて、買ってもらったばかりのお気に入りの肩掛けカバンから、急激に愛着が消えていくのを感じていた。
親に買ってもらったものをすぐに捨ててしまうなんてできるわけもなく、しばらくはそれを使っていた。そういう気持ちでしか自分の持ち物を見られない自分を嫌悪しながら。


ふたつめ。

小学校低学年の時、よく遊んでいた3人の友達がいた。家も近所だったので、よく家族ぐるみで遊んだ。
その頃、たまごっちが流行っていた。その3人は全員たまごっちを持っていて、遊びに行くと必ず首から紐にたまごっちをぶら下げ、3人で楽しそうにツーシンをしていた。
私はその時たまごっちを持っていなかった。私だけが、ツーシンとは何か、たまごっちって具体的にどういうゲームなのか、知らなかった。
その後、私はたまごっちを買ってもらった。ああこれで、次遊びに行った時、みんなとツーシンとやらができるぞと思った。
その時はそんなに遅くなかった。
私が「たまごっち買ってもらったからツーシンしよう」と言うと、みんなはたまごっちを出して、私とツーシンしてくれた。
だけどすぐにその盛り上がりは終わった。
なぜなら、私が持っているたまごっちは、すでに旧型となっていたからだった。
3人の友達はみんな、新機種のたまごっちも持っていた。私のたまごっちと新機種のたまごっちとはツーシンができなかった。
よくわからないけど新機能がたくさんついていて、どんなことができるのか聞いてみたりして、話の輪に入ろうとしていた。よくわからないなって思いながら、私は私のたまごっちをいじっていたことを覚えている。