アイスクリームと獅子

美しいものと美しくないもの

レモンのミルクレープ

今日、なんだか疲れてしまって、5限の授業を休もうか迷った。4限は空きコマだった。
授業をなんとなく休むことに後ろめたさがあり、悩んだ末、「ケーキでも食べてがんばろう」と思ったのだが、学校周辺にそんな気の利いたものはなく、めんどくさくなって、帰ろうと駅まで20分の道を歩いた。


途中、「今日はウォークマンを持ってきたんだった」と思い出し、イヤホンを耳につっこんで再生ボタンを押したが、3秒くらいで停止してイヤホンを外した。そういう気分じゃなかった。



もうすぐ駅に着くというときに、ドトールのレモンのミルクレープが気になっていたことを思い出した。
「でも、まだやってるのか際どいな。よし、もしやってなかったらほんとに帰ろう」と思って、駅前のドトールを確認した。


ポスターはまだレモンのミルクレープの宣伝をしていた。
私は店の中に入った。
「す、涼しい」とそれだけで少し元気になった。



レモンのミルクレープは期待通りの味で、美味しかった。甘さと酸っぱさが程よくて、気分を楽にしてくれた。レモンとミルクレープの組み合わせを考えた人は天才だな!と思った。


ふと、一口食べるたびに心の中できちんと「おいしい」と言っていることに気づいた。そういえば、最近の私は何かものを食べると、いつもきちんと心で美味しいと感じている。誰かと一緒にものを食べた時は、口に出してさえいる。



他人からしたら、当たり前と思うことだろうと思う。
だが、つまりそれは、以前の私は何かものを食べて心できちんと美味しいと感じていなかったということだ。そんな当たり前のことができていないことに、美味しいと思えるようになるまで気づかなかった。

以前の私は、誰かがものを食べて「おいしい」と言っている言葉を聞いて、「はぁ、たしかに、まずくはない。おいしい」と鈍い感覚でいた。誰も言わなければ何も感じずに口にものを運んでいた。今書いていてとても恐ろしい。


自分の感情が薄かったりわからなかったりしていることの自覚はあった。だが美味しいと感じていなかったことには驚いた。そんな感覚までも弱っていたのか。



残りわずかになったケーキを食べるのがいつも下手で、今日も皿の上を散らかしてしまったが、私はそれを見ておかしくて少し笑えた。そんな自分を愛そうと思った。
レモンのミルクレープくらいで大げさだが、本当にそう思った。



お店を出ると、また20分かけて学校へ戻った。
なんだか泣きそうだった。
自分の感覚を大切にできるようになったことが嬉しかった。今まで自分をないがしろにしすぎていたんだ。私はものを美味しく感じることができるし何かに苛立ちを感じることができるし何かに嬉しさも悲しさも感じることができる。当たり前のことが私にとっては当たり前じゃなかった。
当たり前じゃないことが私には当たり前で苦しかった。でももう苦しまないでいいんだ。




同じことで、私は今、明日も生きていこうと思える。ずっと自分が生きていることがわからなかった。当たり前のようにみんながしていて、なんの疑問も持っていないことを、私はようやく実感できた。それはきっと、自覚せずに明日も生きていける人よりもずっと強いものだろう。




明日も生きていこう。