アイスクリームと獅子

美しいものが好きです

木下龍也「君を嫌いな奴はクズだよ」から一首

立てるかい君が背負っているものを君ごと背負うこともできるよ

木下龍也「君を嫌いな奴はクズだよ」p122



普通の、っていうか。
「君の苦しみを僕が背負うよ」
っていう救い(っぽい何か)の言葉としてありきたりすぎて、何度もいろんなドラマやJ-POPの歌詞に使われていそうな言葉が浮かぶ。



でも、私のような人間(あえて私に限定する)が、そんな言葉で救われるわけはないんですよね。


私の苦しみなんかわかるわけないじゃないかと。
仮にわかったとしても、それを私の心とか背中とか肩とかから引き離して、誰かが背負うっていうのは無理だからな。と。


もしそんなことができるのなら、それは最初から私の苦しみじゃなかったんだよ。と。



そんな、ひねくれ?ているような人間に響いてしまうのがこの一首。


この歌は言っているような気がする。
「じゃあ」って。「それならこれはどうですか?」って。

君の背負っているものをあなたから引き離すことができないなら、「君ごと」背負おう、って言うわけですよ。


まさに私のようなひねくれ者の盲点を突くんです。
「誰にも救えねぇよ!」って誰かの救いを拒絶してしまうような人間が、拒絶できないところに追いやられる。



しかもきわめつけは、「こともできるよ」っていうところ。「背負うよ」とは言わない。押し付けがましくない。
「まぁ別に、これも嫌ならいいんだけどね」と言うように。「一人で立てるなら、それでもいいんだけどね」と言うように。




多分、もしも一人で立てたとしても、この人はとなりにいてくれるんだろうな。