アイスクリームと獅子

美しいものが好きです

完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込 について書きたい

すみません、僕、自然体でドトール、頑張ってスタバなんです。スタバのときは入るだけでいっぱいいっぱいなのでショート・カプチーノしか頼めません。
穂村弘「整形前夜」p202

スターバックスカフェが好きになり、毎日通った場合「お洒落ぶっていると思われるんじゃないか」と後ろめたくなったり、他人にバカにされたことはないか。
星野源「蘇る変態」p36

ぼくは「スタバ」で「キャラメルフラペチーノ」の「グランデ」を飲んでいるところに知り合いが来たら窓を破って逃げる。
若林正恭「完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込」p50

最近読んだ3冊のエッセイである。
面白くないですか?これ。

三者三者ともスタバについて、おんなじような気持ちを抱いている。
もちろん、前後の文脈的にニュアンスや伝えたいことの差はあれど、これは面白い。


なんだろうこの、おじさんたちの、「スタバ」=「ぶってる」象徴みたいな。
世の中に後ろめたさを感じるときの象徴としてあげられるスタバ。




まあいいや。
最近読んだこの3冊のエッセイ、似たようなことがよく書かれていて、比べているととても面白い。まぁだいたい、この人のエッセイ好きだろうなと思ってこちらも買っているので、似ているのは私の中にも通底した何かがあるんだろうなと興味深くもあり。

だから、私の好みとか性格とかがよくわかるようなんだけど、その中でも若林氏の著作が共感を越えて「もはや、自分じゃんか」となるほどだったので書きたい。
ここまではそのための前振りです。


本とか映画の感想書くの、めっちゃむずいね!





無論、「自分じゃん」ってなる部分が多いってだけで、共感までの部分も、それはようわからん、っていう部分もある。
だけど概して、「わかる」というのもなんだか傲慢だけど、そこに通底している本質みたいなものがグググっと私の心の深いところにも浅いところにも刺さるのだ。


ときに泣きそうになるくらいの救いが書かれていたり、それこそお笑いを聞いている時のように笑ってしまったり、よくわからないけど、「いやもう、降参です」という感じだ。
利他主義を標準装備、とか。


本から得られる救いなどというものは、単なる励ましの言葉なんかじゃない。
私以外の誰か(この場合著者)が私と似たような悩み、苦しみを持っていること、それだけでももちろん。私が思いもよらなかった方法によってそれを解決したり飲み込んだりしていることを知り活路があるとわかることはもっとだ。

みんなはなんで考えなくて済むんだろう?どうすれば考え過ぎなくなれるのか?と、今度は考え過ぎない方法を考え過ぎていた。p139

この言葉、同じようなのが私の過去の日記のどこかにありそうだ。
こんなことを思っていたのは自分だけではなかったんだ。という安心感。誰一人自分のような考えは持っていないんじゃないかという孤独感にそれは光を与えてくれる。




この本の最初と最後では、随分と作者は変化しているように思う。
作者自身、途中で自分の最初のエッセイを振り返ってツッコミを入れている。グランデを飲めない自分に飲め飲め!とか。

「夜の公園でバケツをかき混ぜている君」なんていうのは序盤の公園で時間を無駄にしている作者自身のことを指しているんだろう。
無論、私には私のことを言われているのだとも思ったけど。

深夜、部屋の隅で悩んでいる過去の自分に言ってやりたい。そのネガティブの穴の底に答えがあると思ってんだろうけど、それただの穴だよ。p142

だけど私の心にぐっと刺さってくるものたちは、一冊を通して横たわっている。
著者は一貫して天邪鬼でネガティブで考えすぎている。性格は変わらない。
ただそれに対して自分の振る舞いをどうするべきかの答えを見つけているだけなのだ。

僕らのような人間はネガティブで考え過ぎな性格のまま楽しく生きられるようにならなきゃいけないんですよ。p239


それから自分の好きなものを守ろうとしている。それはつい昨日の、ラップの話になったラジオを聴いていても同じだ、と思った。

好きなものは好きでいいじゃない!そうはいかない。p156

私も好きなものを守るためにひっそりとしていたいという気持ちがある。
一度、それができなくて好きだったものを嫌いになりかけたこともある。
そんな私には突き刺さりすぎる一言だった。



もっとも刺さったのはここだ。
p163からの、『「穏やか」な世界』。
みんなが言っていることは正しいということに後から気づく、という話。それに気づいて、憤りがなくなって、心は穏やかになるという話だ。

私はここを非常に共感しながら読んだ。ブランド物なんてくそくらえととんがっている感覚も好きだけど、私の本来の共感は穏やか寄りだ。
みんなが言う通り、美味しいものもブランド物も見た目を気にすることも素敵だ。そういうのを素直に思えてからは心がざわつくことは一気に減る。私も同じようなことを考えることがあった。

だけど、その後で若林さんはこう言うのだ。

だけど、空虚だ。と。
みんなの言う通りではあったが、みんなの言う通りの世界は面白くもなんともない。と。

私は自分の心の奥を見たような感覚になった。
自分の心で、普段蓋をして隠しているモヤモヤを開け放たれたような気分だった。
その裏返しを、どんでん返しを、でもどっちも本心なのを、全部肯定されたような気分になった。




私は言葉を信仰し過ぎかもしれない。でもいい。それが私が本を読んでいる理由のようなものだから。
とそんなことまで思考を到達させるこの本にはやっぱり、降参だ。


幸福感は売れてからも変わらず、春日はずっと楽しそうで若林はつまらなそうだった話とか、牡蠣とおじいさんの生きている意味の話とか、もっともっと書いといておきたいことはあるけど、とりあえずおわり。

明日、カバーニャのやつ買おう。