アイスクリームと獅子

音楽・本・映画・徒然

ウエハースの椅子

書評、などと言ってはいるけどそんな大したものじゃない。
そのうちそう呼べるものになりたいという希望的なもので、便宜的に書評と言っているだけ。
ただただ、読んだ本の記録をしたいだけ。



というわけでお初の記事は、江國香織の「ウエハースの椅子」について。

私はこういう本は好きだ。
こういう本、というのは、さしてストーリー性がなく、主人公の緩やかな生活を洗練された文で綴っていくような。

それが死の匂いをさせているとなお良い。そこには美しさがある。そしてこの本は、死の匂いをさせている。



序盤から死について主人公が思考する場面がいくつもある。父や母、あるいは買っていた犬のジュリアン、あるいはY画伯。

主人公は38歳の女。恋人がいる。職業は画家。恋人は彼女を愛しているし、彼女も恋人を愛している。
妹とは別々に暮らすようになった今でも仲良く、たまに電話をする。

彼女は自分の人生を、「過不足のない人生」だと思うと同時に、そこに漠然とした、それでいてとてつもなく深く大きな寂しさを感じている。

それ以上でもそれ以下でもない生活が、詩的な言葉と比喩で延々と綴られていく。それを憂鬱だと感じるか、退屈だと感じるか、それとも美しいと感じるか。



私は憂鬱だとも退屈だとも美しいとも思った。
おそらく私の中にも、絶望と親しい私がいる。それ以上でもそれ以下でもない。何かこれという理由があって寂しいわけじゃない。

彼女の周りに何か事件が起こることはない。今までも、これからも、彼女は恋人に愛され、好きな絵を描いて暮らしていく。

絶望と親しくする彼女を、きっと誰も救うことはできないんだろう。
それが彼女にとって満たされていて、過不足のない状態だから。